「愛に過去は必要なのだろうか」——この問いかけから紹介を始めている人がいて、この作品がどこに読者を連れていくのかがよく表れているなと思いました。
夫を亡くした妻が、あることをきっかけに気づいてしまいます。自分が愛していた夫は、まったくの別人だった。弁護士の城戸が依頼を受けて素性を追ううちに、その男が何者だったのかが少しずつ明らかになっていく——という筋立てです。ミステリーとしての引きが強く、「真実を知りたくて次のページが気になるのに、知りたくないような気もした」と語られていました。
語りの構造そのものを面白がる声も目立ちます。調査を引き受けた弁護士が語り手かと思いきや、その弁護士から話を聞いた小説家という、さらに外側の第三者が置かれている。タイトルの『ある男』が、作中の特定の一人を指すと同時に「誰でもある男」にも読める、という受け取り方をしている人もいました。
文章そのものに驚いた、という感想も繰り返し出てきます。ある紹介者は、筋には直接関係のない一文で手が止まってしまい、しばらく動けなくなったと話していました。これだけの厚みがあるのに長さを感じず、むしろ読みやすい、という評価もされています。
読み終えたあとに残るのは、ミステリーとしての決着より、「人は相手の何を愛しているのか」という問いのほうだった、という言い方が多かったです。生まれや育ちは自分では選べない。それでも過去をやり直すことはできるのか。そこを考えさせられる作品として語られています。
作品のテーマの扱い方については、受け取り方が分かれるかもしれない、と述べている人がいました。社会的な事柄に踏み込んだ描写に熱がこもっているぶん、そこをどう読むかで印象が変わるという見方です。ただし、作品そのものの完成度を低く見る意見は、見た範囲では出てきませんでした。
いちばん見られているのは、文学YouTuberベルの書評で、2万7千回以上再生されています。文章の美しさに打たれた話から、語り手が二重になっている構造の面白さまで語られています。
著者自身の言葉は、平野啓一郎 / Keiichiro Hiranoの「文学の森ダイジェスト」で聞けます。着想がどこから来たのか、小説を読むとはどういうことかまで、かなり踏み込んで話されていました。同じチャンネルの原作者と監督の対談では、映画化にあたって何を残したのかが語られています(再生回数は2026年9月時点)。