タイトルの「愛なき世界」が何を指しているのか。読み終わってから、そこを味わってほしい——紹介している人がそろってそう言う作品です。
主人公は、洋食屋で働く藤丸陽太という青年です。料理の道に進むために、断られても諦めずに頼み込んでようやく雇ってもらった店で働いています。その店が大学のすぐ近くにあり、研究室へ出前に行ったことから、植物学を研究する院生の本村さんと出会います。藤丸は彼女に一目惚れして告白するのですが、断られてしまう。
断られた理由が、この小説の芯にあります。本村さんに恋人がいるわけではありません。彼女は、自分の一生を植物の研究に捧げたいと考えている。植物は恋愛の感情とは無縁の、愛のない世界に生きている。その世界を研究している自分が、愛のある世界に行っていいのか——という葛藤です。
それに対して藤丸が、植物のことをもっと知りたいと思うその気持ち自体が愛なのではないか、という趣旨のことを返す場面があります。そこに心を動かされたと話している人がいました。
研究室の描写が具体的なのも評価されています。実際に使う実験器具の名前が出てきて、大学で同じものを使っていた読者が「タイムリーだ」と感じるほど。植物が好きな人はもちろん楽しめますが、そうでなくても引き込まれる、という読まれ方です。何かに打ち込む人を描くという点で、同じ著者の『舟を編む』に通じるものがある、という紹介のされ方もしていました。
印象に残った一節として「すべては光を食べている」という言葉を挙げている人もいます。植物が光合成をして、それを虫が食べ、小さな動物が食べ——とたどっていくと、元をたどれば光を食べていることになる、という考え方です。
本村さんという人物をどう受け取るかで分かれます。恋愛にも生殖にも興味がなく、研究だけに向かう——そういう人が本当にいるだろうか、と率直に戸惑いを述べている読者もいました。一方で、その一途さにこそ惹かれ、二人のピュアな恋の行方を切なく思いながら読んだ、という受け取り方もされています。
イチオシ本 ; 埼玉県の高校図書館司書が選んだイチオシ本では、県内の高校図書館の司書たちの投票でこの本が第5位に選ばれていて、司書のコメントと、著者本人から寄せられたコメントの両方が紹介されています。
読者側の声としては、大学生の心の整理部屋が、藤丸と本村さんのやりとりをたどりながら、十八歳の自分がどこに引っかかり、どこに納得したかを率直に話しています(再生回数は2026年9月時点)。