「本当はおすすめしたくないんですけれど」——紹介している人がそう前置きする本は、そう多くありません。レビューを録りながら今も鳥肌が立っている、この本のことをできれば思い出したくない、と話している人がいました。
六つの話からなる連作短編集です。第一話は、作家の「私」が怪談の原稿を依頼されて戸惑う場面から始まります。書いたことのないジャンルであることに加えて、実話怪談を書くことに強いためらいがある。過去に自分が体験した、たった一つと言っていい怪現象があったからです。あのとき自分がうまく立ち回れていたら、あの不幸は避けられたのではないか——そう考えて、「私」は依頼を受けることにします。
この「私」が著者と同じ名前であることが、この作品の仕掛けの中心です。どこまでが現実で、どこからが作り話なのかがわざと曖昧にされていて、読んでいる側は足場を失っていきます。本そのものにも仕掛けが施されている、と語っている人もいました。
怖がらせ方が独特だ、という点でも受け取り方が一致しています。主人公は怪現象を理詰めで考え、推理小説のように謎へ迫っていく。そのぶん怖さは一度やわらぐのに、読み進めるうちに「自分はもう手遅れのところまで来てしまった」という不安がじわじわ育っていく、という読まれ方です。
終盤ではミステリーのように伏線が回収されます。確かめようと前のページに戻ると、やはりそうなっている。確認できたからといって怖さが薄れるどころか、むしろ増していく——そこが普段のミステリーでは味わえない読書体験だった、と評価されていました。
どこで怖くなるかがはっきり分かれます。ある人は「最終話の終わりが見えてくるまでは、怖くはなかった」と言い、別の人は「決して夜に読んではいけない」「一日一話ずつしか読めなかった」と話しています。
読むタイミングを選ぶ本だ、という点では共通していました。寝る前ではなく、心が元気なときに読むのがいい、という薦め方をしている人もいます。
いちばん見られているのは、ミステリー文学の本棚の紹介で、ホラーとミステリーがどう融合しているのかを、ネタバレを避けながら解説しています。ホラーが苦手な人がこの本に挑んだ記録としても読めます。
ほしのえチャンネルは、著者の経歴から第一話の入り口までを丁寧にたどったうえで、「本当はおすすめしたくない」と言いながら薦めるという、この本らしい紹介をしています(再生回数は2026年9月時点)。